名古屋高等裁判所 平成11年(ネ)748号 判決
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 控訴人
主文と同旨
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二事案の概要
本件は、被控訴人らが、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)の賃貸借契約終了に基づき、賃借人である控訴人中山伸二(以下「控訴人中山」という。)及び同契約の連帯保証人である控訴人森秀司(以下「控訴人森」という。)に対し、連帯して、本件土地上の別紙物件目録二記載の建造物(以下「本件建造物」という。)を収去して同土地を明け渡し、かつ、同契約終了の後である平成一一年九月一日から右土地明渡済みまでの、被控訴人らの本件土地共有持分に応じて分割される本件土地の使用損害金の各支払を求めた事案の控訴事件である。
一 争いない事実並びに証拠等(甲二、三、六、一〇、乙一、二、控訴人中山、控訴人森、弁論の全趣旨)により容易に認められる事実
1 安藤敏は、昭和三八年ころ、自己所有の本件土地を中山欣也(以下「欣也」という。)に賃貸し、欣也は、その後、本件土地上に本件建造物を建築し、そこで建築内装業(建具業)を営んできた。控訴人森は、昭和五五年ころから欣也の下請をし、本件建造物の一部を使用してきた者である。
安藤敏は平成六年一月一四日に死亡し、同人の子である被控訴人牧野多江子(以下「被控訴人多江子」という。)及び被控訴人安藤千鶴子(以下「被控訴人千鶴子」という。)らが共同相続したが、共同相続人間の遺産分割協議により、本件土地及び右賃貸借契約の賃貸人としての地位を被控訴人多江子が四分の三、被控訴人千鶴子が四分の一の割合で取得した。
2 被控訴人らは、欣也を相手方とし、名古屋簡易裁判所平成八年(ノ)第一六八〇号をもって調停を申し立て、平成八年一〇月一日、被控訴人らと欣也及び利害関係人の控訴人森との間において、本件土地について別紙「調停条項」記載の内容の調停が成立した(以下「本件調停」という。)。
本件調停の主な内容は、被控訴人らと欣也との間に、本件土地について、使用目的を欣也の建築内装業の資材置場兼作業場とし、欣也は本件土地上に建物又はこれと同視し得る建造物を建築してはならない(ただし、雨、露をしのぐ程度の簡易な屋根の設置は許す。)とする、期間の定めのない賃貸借契約が存することを、被控訴人らと欣也及び控訴人森が確認し(以下、本件調停において合意、確認された賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)、控訴人森は被控訴人らに対し、欣也の本件賃貸借契約における債務を連帯保証したことであるが、本件調停の条項には、既に本件土地上に存在した本件建造物について、全く触れられていない。
3 被控訴人らと欣也は、本件調停において、本件土地の賃料を平成九年一月一日から月額一四万円に増額することを合意した。
4 欣也は平成一〇年一月二五日に死亡し、同人の子である控訴人中山が相続して、本件賃貸借契約上の賃借人の地位を承継した。
5 被控訴人らは、平成一〇年五月、控訴人らを相手方とし、名古屋簡易裁判所平成一〇年(ユ)第一一〇号をもって、本件賃貸借契約に基づき本件建造物収去及び本件土地明渡を求める調停を申し立て(以下「平成一〇年調停」という。)、同調停申立書は遅くとも平成一〇年六月一七日までには控訴人中山に送達された。右調停事件は平成一〇年九月二八日不成立で終了し、被控訴人らは本件訴えを提起した。
二 争点(控訴人らの主張)
1 本件調停において合意された本件賃貸借契約は、建物所有を目的とするものであり、借地借家法(平成四年施行)三条の定めにより、借地権の存続期間は本件調停が成立した日から三〇年である。したがって、被控訴人らの解約申入れは効力を生じない。
2 仮に本件賃貸借契約は建物所有を目的としていないとされる場合は、欣也の本件調停を成立させる旨の意思表示には、要素の錯誤があった。すなわち、欣也は、本件建造物が建物であり、本件賃貸借契約は本件建造物の存在を前提とするもので、本件調停成立後も継続して本件建造物を所有して本件土地を使用することができると信じて、本件調停を成立させる旨の意思表示をしたものである。そうでないとすれば、欣也の右意思表示には要素の錯誤がある。したがって、本件調停において合意された本件賃貸借契約は無効である。
第三当裁判所の判断
一 前記第二、一の争いのない事実等によれば、被控訴人らと欣也及び控訴人森との間において本件調停が成立し、同調停において本件賃貸借契約が合意、確認されているところ、本件賃貸借契約には期間の定めがないので、被控訴人らは、右契約における賃借人の地位を承継している控訴人中山に対し、平成一〇年調停を申し立て、同調停申立書を遅くとも平成一〇年六月一七日までに送達し、民法六一七条一項による解約申入れをしたことが明らかである。したがって、本件賃貸借契約が建物所有を目的としない一般の土地賃貸借契約であれば、被控訴人らの右解約申入れの後一年が経過したときに、同契約は終了することになる。
二 争点1について
控訴人らは、本件賃貸借契約は建物所有を目的とするものである旨主張するが、前示争いのない事実等のとおり、本件賃貸借契約は本件調停において合意、確認されたものであるところ、その内容は別紙「調停条項」記載のとおりであり、その目的を欣也が本件土地を資材置場兼作業場として使用する旨定めるとともに、本件土地上に建物及び建物と同視できる建造物を建築してはならない(ただし、雨、露をしのぐ程度の簡易な屋根の設置は許す。)とするものであり、本件賃貸借契約は建物所有を目的とするものではないことが明示されているというほかない。
控訴人らは、本件調停当時、既に本件建造物が本件土地上に存在し、かつ、本件建造物は建物であるところ、その取扱いをどうするかについては触れられず、本件建造物の存在を容認して本件調停が成立したのであるから、黙示的にせよ、本件賃貸借契約は建物所有を目的とするものであったと指摘する。しかし、民事調停における調停条項は、私人間で契約書を作成した場合とは異なり、紛争解決機関である調停委員会が公的に作成するもので、債務名義にもなる文書であるから、調停条項に記載された内容によって調停の合意内容を解釈すべきであり、これに記載のない事項につき黙示の合意があったとしてその合意内容を解釈することは、たやすくできるものではない。
控訴人らの争点1の主張は採用できない。
三 争点2について
1 甲第六号証、乙第一ないし三号証、控訴人中山及び控訴人森の各本人尋問の結果、弁論の全趣旨、前記第二の一の事実(争いない事実等)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 欣也は、昭和三八年ころ安藤敏から本件土地を賃借し、遅くとも昭和四四年ころ本件土地上に本件建造物を建築して(安藤敏は本件土地の近所に居住していたが、特に異議は述べなかった。)、以後平成一〇年一月に死亡するまで、本件建造物において建築内装業を営んできた。本件建造物は、別紙物件目録二の記載のとおり、木造一部鉄骨造亜鉛鋼板葺一部スレート葺平家建で床面積が約三〇六平方メートルにのぼる作業場であり、「建物」に当たる。
欣也の長男である控訴人中山(昭和三七年八月二七日生)は、昭和五六年ころから、欣也とともに、その後継者として本件建造物内で同業に従事してきた。
(二) 本件土地は、庄内川の土手のそばにあり、住宅地と離れた比較的広い土地であって、欣也は、本件建造物の内部に木工機械(大きいものが五台あり、大小合わせると数十台にのぼる。動力として二〇〇ボルトの電力を要する。)を設置し、木材加工等の作業を行うほか、材料である木材等を保管した。また、欣也の営む建築内装業は、木工機械等で木材を削ったり、切断する際、騒音が発生するほか、同作業の際に出るおが屑等を集める集塵機からの騒音も発生するので、住宅の近くで作業すると苦情が出ることが予想され、欣也にとって、本件土地と同程度の土地を他所で新たに賃借することは、本件調停当時、困難であった。
(三) また、欣也は、本件土地を明け渡して、他所で建築内装業を営もうとすると、これまでの使用条件を満たす代替地を他所で確保した上、前記の木工機械及び材料等を移転先に搬送しなければならないが、同移転には、その搬送費用を要するほか、木工機械については設置費用(移動させると調整が必要になる。)や、大がかりな配線工事の費用等を要し、極めて大きな費用が必要になる。
(四) 欣也は、本件調停において、弁護士を依頼せず、自ら期日(合計三回)に出頭した。利害関係人である控訴人森も同様であった。欣也は、本件調停の内容について、当時、後継者として家業に従事していた控訴人中山に格別の説明をすることなく、これまでどおり本件土地で家業を継続できる態度で振る舞っていた。
控訴人森は、本件調停が成立した期日に欣也とともに出頭したが、本件賃貸借契約が一方的解約申入れで一年後に終了する旨の説明を受けておらず、本件土地に本件建造物を存置して使用を継続する内容の調停条項であると理解し、連帯保証人として本件調停の成立に同意した。
2 右1(一)ないし(四)の事実及び前記第二の一の事実(争いない事実等)によれば、本件建造物は建物であること、本件調停当時、欣也は建築内装業で生計を立てており、本件建造物及びその敷地である本件土地は家業である建築内装業の継続にとって不可欠のものであったこと、当時、欣也は、年令の関係から、将来長く右建築内装業を続けていくことはないとしても、控訴人中山はまだ三十歳代半ばであり、家業に従事し、その後も欣也の後継者として家業を続けていく予定であったこと、本件調停当時、欣也が本件土地と同程度の土地を他所で新たに賃借できる可能性は低かったこと、本件土地を明け渡して、右建築内装業の作業場を他所に移転する場合、通常の引越代を大きく超える移転費用を要すること、本件賃貸借契約が建物所有の目的ではなく、賃貸人の一方的解約申入れにより一年後には終了するものであるとすれば、欣也は、本件調停の成立に同意しようとすると、これらの困難な問題を解決していかなければならなくなるが、そのような事態がおきることを予想していた形跡は全くうかがわれないこと、連帯保証人となった控訴人森は、本件調停が成立した期日に出頭したが、調停委員から本件賃貸借契約が賃貸人の一方的解約申入れによって終了することの説明はなく、本件建造物を存置して本件土地の使用を継続できる旨の調停条項であると理解していたことがそれぞれ明らかであり、欣也も控訴人森も本件調停について弁護士を依頼していなかったので、弁護士から、本件調停の内容にはそのような危険があることの説明を受けることもなかったことが容易に推認できる。
右各事実によれば、前示のとおり、本件建造物は建物であり、欣也は、本件建造物を存置させて本件土地の使用を継続できるとの前提で、本件調停を成立させたものと認めることができる。また、法律に詳しくない欣也が「期間の定めがない」賃貸借契約においては、当事者双方が相手方に対しいつでも解約を申し入れることができ、土地賃貸借の場合は、貸主から右解約申入れがあると、借主は一年後には同土地を明け渡さなければならないことを知っていた可能性は極めて小さいものと考えられる。このことに照らせば、欣也は、本件調停を成立させても、従前どおり、本件建造物を存置させたまま本件土地を使用し続けることができると信じて、すなわち、本件賃貸借契約が建物所有の目的であると信じて、本件調停を成立させる旨の意思表示をしたものと認められる。
3 被控訴人らは、<1>本件建造物は建物ではなく、別紙調停条項一3ただし書で認められた「雨、露をしのぐ程度の簡易な屋根」にあたるもので、本件建造物の存置につき本件調停において取扱いを定めず、その存置を容認したとしても、本件賃貸借契約が建物所有であったと信じることの論拠にはならない旨指摘する。また、<2>本件調停は、昭和三八年ころ、安藤敏が欣也に対し、本件土地を資材置場として使用を認めた賃貸借契約を再確認したもので、新たに借地権を発生させる合意をしたと信じる根拠はない旨を指摘する。
しかしながら、本件建造物が建物にあたることは前示のとおりであり、これが「雨、露をしのぐ程度の簡易な屋根」にとどまるものとは到底いえるものではない。そして、本件調停において、これが建築、存置を禁止した「建物及び建物と同視できる建造物」であれば、その収去期限等の取扱いが定められるべきところ、その定めがないことから、欣也が本件建造物を所有して存置することを容認されていると信じたと解することができるもので、被控訴人らの<1>の指摘は当たらない。また、前示三1(一)のとおり、本件建造物は遅くとも昭和四四年ころに建築されたもので、賃貸人の安藤敏は、本件土地の近所に居住してその存在を知っていたはずであるが、これにつき何らの異議を述べずに二十数年を経過し、被控訴人らも本件調停において本件建造物の収去方を求めなかったのであるから、仮に、安藤敏が欣也に対し本件土地を賃貸した当初、資材置場としての使用を認めたにすぎず、建物所有の目的ではなかったとしても、本件調停において、欣也が本件賃貸借契約が建物所有の目的であると信じたことの妨げになるものではない。被控訴人らの<2>の指摘も失当である。
さらに、本件調停条項には「建物及び建物と同視できる建造物を建築してはならない」旨の記載があるが、前記の認定事実によれば、欣也にとっては、本件建造物以外の建物等の建築を禁止する趣旨の定めであると理解したと考えられ、この点も前項の認定を左右するものではない。
4 したがって、欣也の右意思表示には、本件賃貸借契約が資材置場兼作業場としてのみ使用を許され、建物である本件建造物の存置、所有が許されないことにつき錯誤があるというべきであり、その錯誤は重大であるから、意思表示の要素にあたり、これにより本件調停は無効である。したがって、本件調停に基づく被控訴人らの請求はいずれも認められない。
四 以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人らの請求はいずれも理由がないので、原判決を取り消して、被控訴人らの請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条、六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大内捷司 裁判官 佐賀義史 裁判官 加藤美枝子)